高校で使われているIT教育の教科書を全部購入して比較 (社会と情報)
少し間が空きましたが現行の教科書についての3つ目の記事です。今回は高等学校の「社会と情報」の教科書を手に入る範囲ですべて通読した上で気になった点を紹介します。
「社会と情報」の位置づけ
教科情報にはリテラシー教育を中心とした「社会と情報」と情報科学の入門とも言える「情報の科学」の2つの科目があります。 情報の科学にはこれまでの記事で紹介したように実際にコードを書くような実習を含める専門的な内容が含まれていますが、教えられる教員や設備などの状況もあり、実際に履修しているのは2割ほどに留まります。
一方で社会と情報は8割が履修しており、現在の高校生が受けているIT教育のスタンダード言える内容といって良いでしょう。 学習指導要領では内容は下記のように定められています。
- (1) 情報の活用と表現
- ア 情報とメディアの特徴
- イ 情報のディジタル化
- ウ 情報の表現と伝達
- (2) 情報通信ネットワークとコミュニケーション
- ア コミュニケーション手段の発達
- イ 情報通信ネットワークの仕組み
- ウ 情報通信ネットワークの活用とコミュニケーション
- (3) 情報社会の課題と情報モラル
- ア 情報化が社会に及ぼす影響と課題
- イ 情報セキュリティの確保
- ウ 情報社会における法と個人の責任
- (4) 望ましい情報社会の構築
- ア 社会における情報システム
- イ 情報システムと人間
- ウ 情報社会における問題の解決
半分ほどは情報の科学とよく似た内容になっており、コンピューターとインターネットに関する基礎知識とリテラシー、そこから発展する社会的なテーマを扱おうとする科目です。各社の教科書についても情報の科学とほぼ共通の内容がかなり含まれていました。
東京書籍 - 新編 社会と情報 [社情309]
東京書籍からは社会と情報の教科書は2冊出ており特にこの新編となっている方は教科書というよりもムックのような明るい雰囲気と鮮度の高い内容が特徴です。
記述についても違和感を覚えるようなところがなく、大人の読み物としても通用するでしょう。
個人的にはCOBOLの作者、グレース・ホッパーの存在にも触れていたり、欄外では面白いエピソードを取り上げていたりするのも面白い点でした。
社情309 東京書籍 新編 社会と情報。大きめな紙面でムックのよう。掲載内容はインターネットユーザーに馴染み深い内容がちりばめられている。
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月6日
メールアドレスの規則、機種依存文字、アクセスログの内容。 pic.twitter.com/sOcXN7XigS
Wikiやクリエイティブコモンズ、AR/VRなどもそつなくカバー pic.twitter.com/eL1anszE2n
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月6日
OLPC、歌声合成、初音ミク、グレースホッパーも紹介。社会と情報なのでプログラミングではない、幅広いITの分野を興味を持ちやすい形で紹介している。
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月6日
大人の読み物にもよさそう。 pic.twitter.com/hj9QIwPear
東京書籍 - 社会と情報 [社情310]
東京書籍のこちらの教科書は比較的「教科書っぽい」体裁の内容です。
内容としてはジオタグの情報や偽アプリ、初音ミクなどにも触れており大人の視点で読むと意外性があるように思います。 こちらの教科書にはWebサイトの制作実習を非常にシンプルな形で取り入れていますが、CSSもコラム扱いになっておりあまり大きな内容にならないように配慮されていました。
社情310 東京書籍 社会と情報。新編と違いオーソドックスな教科書のスタイル。検索エンジンやwiki、初音ミクなどのトピックを紹介。「トラックバック」に関する記述は次回の改定には消滅しそうな予感。 pic.twitter.com/4sbWrPxSi9
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月7日
社情310 パスワードの作り方、クリエイティブコモンズ、バッテリー偽アプリ、SOHOなどのトピック。
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月7日
偽アプリについての記述は珍しく、現代的な問題を取り上げている。 pic.twitter.com/QnwwMlXoDb
社情310 音楽ファイルの作成は新編と違い、テキストから音楽の作成。Webサイトの制作実習、CSSはコラム扱い。ジオタグの情報を元に場所を探す学習。
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月7日
プログラミングから距離を置きながら、深い学習のきっかけがところどころに用意されている。 pic.twitter.com/awCWkZ6cM4
実教出版 - 最新社会と情報 新訂版 [社情311]
実教出版の教科書は東京都内の高等学校でも数多く採択されており、この一冊は最も採択数が多いです。 よって典型的な高等学校の講義内容のベースになっていると思って良いでしょう。
内容としては文字コードやクリエイティブ・コモンズ、IPアドレスといったさまざまな知識を取り上げています。 実習的な内容としてはテキストマイニングツールとWebサイトの制作を含んでいます。 プログラミングに踏み込まないようにしつつ、技術的な内容にうまく取り組んでいるように見えます。
社情311 実教出版 最新社会と情報 新訂版
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月8日
オーソドックスな教科書。クリエイティブコモンズ、文字コードについても解説。パソコン背面の端子説明はそろそろ見直し時期か。 pic.twitter.com/0mfzmF5o7o
社情311 データ量の計算は色々な教科書で出る定番の内容。一方で表計算ソフトの関数の利用、ライブ配信サイト、ビデオチャットなどの言及は独自色がある。具体名を上げていないので逆に実態に即した例を挙げられる書き方。 pic.twitter.com/0llJWhPK1A
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月8日
社情311 IPアドレス調査は定番の内容。シーザー暗号からの公開鍵暗号の紹介は教える人にとってはやや難度の高い部分か。
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月8日
テキストマイニングツールは不明だが実習を想定していそう。 pic.twitter.com/b8K3CjuqyI
社情311 Webサイト制作の実習が巻末に。グループワークを想定している。
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月8日
HTMLはプログラミングというよりリテラシーとみなされているように思える。 pic.twitter.com/yG03o6mVid
社情312 実教出版 高校 社会と情報
こちらの教科書は東京都の高等学校では2番目に多く採択されています。 社情311と比べると技術的な内容がさらに詳しくなっており、文字コードに関する説明や暗号手法の詳細は大人であっても十分に学習に値する内容に見えます。
コーディングのような内容としては非常に簡素なWebサイトの制作実習が入っていますが、あくまで社会と情報という事で意図的にそこまで踏み込んでいないように見えます。
社情312 実教出版 高校 社会と情報
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月8日
オーソドックスな教科書の雰囲気。クッキー、メールサーバーのエラーメッセージについての詳細な解説が目新しい。
メールを使う際の注意としてHTML形式のメールは送らないという記載。 pic.twitter.com/6hnzkABbX6
社情312 プロトコル階層の解説、XML、プラットフォーム、仮想マシンなど専門的なキーワードの解説。ブログやwikiの言及も。トラックバックの記載は改訂で見直されそう。 pic.twitter.com/xwrexdgH1V
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月8日
社情312 共通鍵暗号方式、公開鍵暗号方式について詳しい解説。さらにSSLからRSA暗号の手順、関数電卓での計算と非常に詳細な解説。
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月8日
このページは大人にも良さそう。 pic.twitter.com/TBBfqvJ0MH
社情312 関連法規、JASRAC、クリエイティブコモンズなどの紹介。
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月8日
文字コードの調べ方、コードマップ上の領域、エスケープシーケンスなどに言及。
文字コードの解説は飛び抜けて詳しい。これも大人にも良さそう。 pic.twitter.com/hVPPZcIy7C
社情312
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月8日
立体視の仕組み、補数計算、表計算ソフトの関数を使った統計処理。テキストマイニングの紹介。
実直に解説している。 pic.twitter.com/nZT8OZzxw2
社情312
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月8日
Webサイト制作の実習。CSSはコラム扱い。一般的な内容。 pic.twitter.com/11iVaOtnKR
社情313 開隆堂 社会と情報
開隆堂からは一冊のみ出版されており、シンプルな記述であまり専門的な内容に踏み込みすぎないオーソドックスな教科書です。 実習環境が無いような場合には使いやすい教科書なのではないでしょうか。
社情313 開隆堂 社会と情報
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月15日
文字コード、電子メール、DNSをコンパクトに解説。
あまりテクニカルな内容は突っ込まず、一般的な分かりやすい内容。 pic.twitter.com/2OFCLsmekC
社情313
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月15日
クリエイティブコモンズと著作権の解説。著作権の成り立ちにまで言及。 pic.twitter.com/IAdtTIM3My
社情314 数研出版 改訂版 高等学校 社会と情報
数研出版のこちらの教科書は情報の科学と共通する内容が多く、文章の密度がかなり濃いです。 また新聞記事などの引用を通じて事件などをリアルに伝えており、リテラシー不足によるリスクを生々しく伝えようとしている点が特徴です。
3Dモデリングソフトへの言及があるという点も目を引きますが、コーディングはごく簡単なHTMLのみとなっています。
社情314 数研出版 改訂版 高等学校 社会と情報
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月15日
同じ数研出版の情報の科学に近い内容。検索エンジン、集団的自衛権を題材にしたコラム、動画サイトの紹介。 pic.twitter.com/chJvQFQ4rI
ジオタグの確認。SNSに関する事件、
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月15日
電子メールについてのマナー。HTMLメールについては相手の環境を確認の上で送るという配慮も。 pic.twitter.com/gUt2aDenG0
社情314
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月15日
公開鍵暗号、クリエイティブコモンズ、文字コードの解説。絵文字や文字化けにも言及。 pic.twitter.com/CQoDcRd9ce
社情314
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月15日
3DCGと立体視の解説。パリティ検査、ごく簡単なWebとHTMLの仕組み。 pic.twitter.com/1gmm7JtyAk
社情315 数研出版 社会と情報 Next
こちらは同出版社の教科書の流用はあまりなく、別の内容になっています。 アイスケースに関する事件をこちらはイラストで伝えていますが、炎上を強い印象で伝えようとしている点は同じです。
コーディングについてはやはり最低限のWebサイトの制作実習。加えて表計算ソフトの関数に関する言及も。
社情315 数研出版 社会と情報 Next
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月21日
コミュニケーションツールについて詳しい説明。メール環境の配慮、炎上の仕組み。Twitterの仕様にまで教科書が言及すると実際の状況と齟齬が出るのは仕方ない。 pic.twitter.com/dSKJYBglU0
社情315
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月21日
共通鍵暗号方式、公開鍵暗号方式の説明。丁寧な図式化だが、知識がないと解説は難しいかも。
パスワードの作り方、文字コード、フォントの違い。フォントに言及する教科書は珍しいように感じる。 pic.twitter.com/Ne5KQwK8Cs
社情315
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月21日
HTMLを書く小規模の演習。CSSは含まれていない。表計算ソフトを使った関数の演習。 pic.twitter.com/We24TjgbrS
社情316 日本文教出版 新・社会と情報
日本文教出版のこちらの教科書も専門的な内容を深く盛り込んだ教科書です。 SNSやスマートフォンのプライバシー設定、2段階認証などに言及しているのはかなり先進的です。 また木構造の解説や暗号方式への解説などもかなり細かいですが、この内容を教えるにはそれなりの素養が必要そうです。
最後にアカデミック・スキルズを盛り込んでいるのも特徴的です。
社情316 日本文教出版 新・社会と情報
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月21日
スマートフォン、SNSのプライバシー設定の例、2段階認証。オフィスソフトでの文書作成の実習で書き写す例文が著作権法の刑罰なのは一石二鳥を狙っている? pic.twitter.com/Il8yPYZg2A
社情316
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月21日
情報の圧縮の過程で木構造の解説。電子メールのしくみ、暗号化、共通鍵暗号方式、公開鍵暗号方式、そして電子署名。 pic.twitter.com/IZl6rUIpzj
社情316
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月21日
アカデミックスキルズと検索結果による判断の歪みやフィルタリング、検閲の問題。
まさに社会と情報といった感じ。 pic.twitter.com/SumRI6Y7sn
社情317 日本文教出版 新・見てわかる社会と情報
こちらの教科書は東京都の学校では3番目に多く採択されている教科書です。
内容は大幅に異なっており、キーボードの入力から入ってくるということでコンピューターに始めてふれる人も想定した内容になっています。 また「見てわかる」と銘打っているとおり文章量を抑えてビジュアルで解説する方式を取っています。
実習的な内容としては簡単なWebページの制作が盛り込まれています。
社情317 日本文教出版 新・見てわかる社会と情報
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月21日
同じ出版社から複数出ていると共通部分が多いことが多い中で大幅に異なる内容。キーボードの入力から入っており、完全にコンピュータが初めてという場合を想定しているように見える。
暗号化もポスター形式で解説。 pic.twitter.com/Fv4p4sr2B8
社情317
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月21日
文字コードの仕組みも図解を中心に解説。HTMLを使った簡単な実習。 pic.twitter.com/GyQnPxgsea
社情318 第一学習社 高等学校 改訂版 社会と情報
第一学習社の教科書は内容の多くが情報の科学から継承されており、社会と情報の中では非常に専門的な内容を多く含んだ内容です。
Webアプリケーション、文字化け、オープンデータといった大人顔負けの用語と漫画タッチの登場人物の挿絵がアンバランスなところが大人の目線からすると面白いです。
終盤ではアルゴリズムやJavaScript、データベース、リレーションなども登場しており「社会と情報」としては異色の内容になっています。
社情318 第一学習社 高等学校 改訂版 社会と情報
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月21日
情報の科学と内容が共通する部分が多く、記述は詳しい。
文字コードの解説、文字化けと機種依存文字、フォント。
HTMLに加えてWebアプリケーションへの言及も。 pic.twitter.com/PqL8mzy8uN
社情318
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月21日
クッキーの仕組み、クリエイティブコモンズ、PDCA
サイクル、データの分析とオープンデータにCSV pic.twitter.com/RxPGHmtGlK
社情319
— Yusuke Ando (@yando) 2018年10月21日
アルゴリズムとプログラムについての解説。フローチャートから始まり、JavaScriptでの実装へ。リレーショナルデータベースの解説。リレーションと主キー。社会と情報でここまで言及するのは珍しい。 pic.twitter.com/jzigL7fJkH
都内の学校での採択状況
東京都での「社会と情報」の教科書の採択状況
— Yusuke Ando (@yando) 2018年11月18日
東京で多く採択されているのはこの三種類の教科書。約半数の高校がこの三種類のいずれかを利用しているということに。 pic.twitter.com/trxWVKebWK
まとめ
中学校、高等学校で使われている教科書の内容を見ていきましたが、ここで現行の教科書については一区切りとなります。 今後、教科情報は情報Iと情報IIに再編され、双方にプログラミングが含まれる形になります。
教育現場や教科書会社の実情を考えるとここまで使わてきた教科書の内容を踏まえつつ、さらに実情に合わせた形での改変がされるでしょう。
大人向けの技術書は数千部売れればヒットという状況ですが、高等学校の教科書は毎年100万人以上が進学する事を考えると非常にボリュームが大きいです。 この内容が洗練される事は日本のITリテラシーの向上やその後の専門教育に進む学生の増加のどちらにも大きな影響力があるでしょう。
興味が湧いた方は教科書を手にとって見たり、また実際に行われている授業の内容を調べてみてください。